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レーザーマイクロダイセクションとは?原理や標本採取の手順を解説

従来では、細胞組織全体をまとめて解析すると多数の種類の細胞が混ざり合い、目的の細胞に特有のDNA・RNA・タンパク質情報が埋もれてしまう課題がありました。こうした問題を解決するために開発された技術がレーザーマイクロダイセクション(Laser Microdissection: LMD)です。
当記事では、「レーザーマイクロダイセクションとは」といった基礎事項から、原理、標本採取の具体的な手順、がん研究や植物生理学などにおける主な用途まで、詳しく解説します。
目次 1. レーザーマイクロダイセクション(LMD)とは 2. レーザーマイクロダイセクションを使った標本採取の手順 2-1. 組織の固定と包埋 2-2. 組織切片の準備 2-3. 切片の作成 2-4. LMDによる組織の切り抜きと回収 2-5. 核酸・タンパク質の抽出と解析 3. レーザーマイクロダイセクションの主な用途 3-1. がん研究 3-2. 植物生理学 3-3. 分子生物学 まとめ |
1. レーザーマイクロダイセクション(LMD)とは
レーザーマイクロダイセクション(LMD)とは、顕微鏡で観察した組織切片から目的の細胞や組織領域をレーザーで切り出して回収する技術です。
顕微鏡とUVレーザー照射装置が一体化しており、観察しながら狙った細胞を正確に切り取ることができます。これにより、例えば腫瘍組織に混在する正常細胞や炎症細胞を除いてがん細胞だけを分離するといったことが可能です。
レーザーマイクロダイセクションは組織中の特定細胞集団を純度高く単離できるため、生化学・分子生物学的解析の前段階として欠かせない手法となっています。従来の方法では困難だった細胞種ごとのDNA変異解析や遺伝子発現解析、タンパク質プロファイリングを実現することが可能です。
2. レーザーマイクロダイセクションを使った標本採取の手順
レーザーマイクロダイセクションによる標本採取は、組織の準備から分子解析用の抽出までいくつかのステップに分かれます。以下ではレーザーマイクロダイセクションを活用した標本採取の一般的なワークフローについて順を追って説明します。
2-1. 組織の固定と包埋
まずは、解析したい組織を適切に固定します。
・病理組織の場合 多くはホルマリン固定後にパラフィンに包埋し、長期保存可能なブロック(FFPE試料)を作製します。 ・RNAなどを高品質に保ちたい場合や迅速な処理が必要な場合 組織を新鮮なまま凍結媒体(O.C.T.コンパウンドなど)に包埋して急速凍結する方法がとられます。 |
レーザーマイクロダイセクションはパラフィン包埋(常温試料)と凍結包埋(低温試料)のどちらでも可能で、目的や用途に応じて使い分けます。
2-2. 組織切片の準備
固定・包埋した組織ブロックから薄い切片を作ります。パラフィン包埋ブロックの場合はミクロトームという切片作製装置を用いておよそ5~10µm程度の厚さにスライスし、凍結組織の場合はクリオスタット(低温ミクロトーム)で同様に薄切します。得られた薄切片は、専用のスライドガラスに貼り付けましょう。
レーザーマイクロダイセクションの機種によっては、ポリエチレンナフタレート(PEN)膜付きスライドなど特殊なスライドを使用する必要がありますが、多くの場合は指定された種類のスライド上に適切に貼り付ければ問題ありません。切片の厚みや乾燥状態は、後のレーザー切断の効率に影響するため適切に調整します。
2-3. 切片の作成
スライドガラスに貼り付けた組織切片に対し、分析に先立って前処理を行います。
パラフィン包埋由来の切片の場合、まず常温でパラフィンを溶解・除去する脱パラフィン処理を行い、エタノールシリーズを通して水へと再水和します。一方で、凍結切片の場合は、貼り付け後すぐにアルコール固定を行い、組織形態と分子を保持しましょう。
以降の工程では、RNAを扱う場合などは特に試料が劣化しやすいため、可能な限り手早く低温下で処理を進めます。
2-4. LMDによる組織の切り抜きと回収
ターゲットとする細胞や組織構造を識別しやすくするため、切片を染色しましょう。続いて行うのが、染色して乾燥させたスライドをレーザーマイクロダイセクションのステージにセットし、レーザーによる切り抜きをして試料を切り抜き、回収する作業です。
オペレーターは顕微鏡を覗きながら、目標とする細胞群や組織領域を選択し、コンピュータ上で輪郭を描画します。装置内蔵のUVレーザーが、選択領域の輪郭に沿って集中的に照射すると、周囲から切り離された微小な組織片が得られます。
レーザーマイクロダイセクション用の機器は、直接レーザーで組織を切り抜くタイプが一般的です。ただし、赤外線レーザーで樹脂膜を標的細胞に接着させて引き剥がすレーザーキャプチャーマイクロダイセクション(LCM)と呼ばれる機器もあります。
切り抜き作業は顕微鏡画像をモニターで確認しながら行えるため、熟練すれば短時間で多数の領域を回収できます。
2-5. 核酸・タンパク質の抽出と解析
レーザーで切り離された組織片は、装置の方式に応じて専用容器に回収されます。例えば、代表的なレーザーマイクロダイセクションでは、切り離した標本は重力によりスライド下方に落下し、あらかじめ下にセットした蓋付きの微小チューブ内で回収します。
回収効率を高めるコツとしては、同じターゲット領域を複数枚の連続切片から繰り返し切り出し、1つのチューブにまとめて集める方法を用いることです。微量な標本を蓄積でき、抽出段階で検出可能な量の分子を確保できます。
最後に、回収した微小組織片から目的とする核酸やタンパク質を抽出します。核酸解析の場合、例えばDNAであればタンパク質分解酵素とフェノール処理もしくはカラム法によりゲノムDNAを精製します。RNA解析の場合は、回収直後に細胞溶解液に浸し、迅速にRNAを抽出します。抽出したRNAは必要に応じて増幅し、遺伝子発現解析に使用します。
タンパク質解析の場合は、回収した組織片を尿素や界面活性剤を含むタンパク質溶解バッファーで可溶化し、超音波破砕や加熱処理で抽出します。その後、抽出タンパク質をプロテアーゼで消化し、生成したペプチド混合物を質量分析計で解析するといったプロテオミクス手法が典型例です。
3. レーザーマイクロダイセクションの主な用途
レーザーマイクロダイセクションは、生命科学の幅広い分野で活用されています。その中でも、ここではがん研究・植物生理学・分子生物学の3つについて、代表的な使用目的とその分野での応用例を紹介します。
3-1. がん研究
がん研究において、レーザーマイクロダイセクションは異種細胞が混在する腫瘍組織からがん細胞だけを選択的に採取し、遺伝子変異や発現プロファイルを解析する用途で盛んに使われています。例えば、腫瘍部位と隣接する正常組織をそれぞれレーザーマイクロダイセクションで分離してDNA配列を比較したり、がん細胞特異的な遺伝子発現を調べたりする研究です。
レーザーマイクロダイセクションで腫瘍の微小異常領域を精密に切り出して調べることで、がんの発生機構や治療標的の解明が進んでいます。
3-2. 植物生理学
植物組織の研究において、特定の細胞群だけを分析したい場合にもレーザーマイクロダイセクションが活用されています。植物の葉や茎などは部位ごとに異なる細胞タイプが密接に存在するため、狙った組織を正確に切り離せるレーザーマイクロダイセクションは貴重です。
例えば植物ホルモンの一種オーキシンの局所濃度を測定する研究では、レーザーマイクロダイセクションで隣接細胞を含まない特定組織だけを採取し、高感度分析によってピクトグラムレベルの定量が可能になったとの報告があります。
このようにレーザーマイクロダイセクションは、植物の器官形成や環境応答における細胞ごとの分子変化を追跡する手段としても有用です。
3-3. 分子生物学
分子生物学研究では、組織特異的な解析から細胞特異的な遺伝子発現解析へと解析スケールを細分化するトレンドの中で、レーザーマイクロダイセクションが注目されています。組織内の特定領域を狙った分析が必要な場面であれば、応用範囲が広い点がメリットです。
例えば、神経科学では脳組織から特定の神経核や細胞層を切り出して神経伝達物質の受容体発現を調べる、発生生物学では胚の一部だけを解剖して時空間的な遺伝子発現パターンを解析するといった応用が可能です。
また臨床の場でも、病理標本から病変部と正常部をそれぞれ採取して遺伝子検査を行うことで、診断や個別化医療に役立てる試みも行われています。
まとめ
レーザーマイクロダイセクションは、組織から目的の細胞だけを切り出して分離できる革新的な技術です。レーザーマイクロダイセクションを活用することで、従来は混在して見えにくかった細胞ごとの分子プロファイルを明確に解析できるようになります。専門的な技術ではありますが、適切なプロトコルに従えば初心者でも扱えるよう設計されています。
ぜひ当記事の内容を参考に、レーザーマイクロダイセクションの導入がご自身の研究や業務にとって有益か検討してみてください。
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